日本全国に点在する神社。
その多くが「神社本庁」という組織に属していることは、意外と知られていないかもしれません。
しかし、その一方で、神社本庁の傘下に入らない「非包括神社」や、かつての社格制度の中で「無格社」とされた小規模な神社も数多く存在します。
これらは、いわば現代の神社制度における“空白”地帯とも言える存在です。

本記事では、長年、神社の制度や歴史に携わってきた専門家の視点から、これらの「無格社」や「非包括神社」が何を意味し、どのような課題を抱えているのかを紐解いていきます。
単に制度の問題点を指摘するだけでなく、その背景にある歴史や、そこで信仰を守り続ける人々の声にも耳を傾けたいと思います。
現代社会において神社がどのような役割を担い得るのか、その可能性と課題を共に考えるきっかけとなれば幸いです。

目次

神社本庁と包括制度の成立背景

現代の多くの神社が属する「神社本庁」。
その成り立ちと、神社をまとめる「包括制度」について、まずは基本的な理解を深めましょう。
この制度が、なぜ今日の“空白”を生む一因となっているのか、その背景に迫ります。

戦後の宗教法人制度と神社本庁の設立

第二次世界大戦後、日本はGHQ(連合国軍総司令部)の占領下に置かれました。
その中で、国家と神道が密接に結びついていた戦前の体制は解体され、いわゆる「神道指令」が出されます。
これにより、神社は国家の管理を離れ、一宗教法人として自立の道を歩むことになりました。

この大きな変革期に、全国の神社をまとめ、その存続と発展を図るために設立されたのが「神社本庁」です。
1946年(昭和21年)のことでした。
神社本庁は、宗教法人法に基づく「包括宗教法人」として、多くの神社を傘下に収めることになります。

包括関係とは何か──制度上の役割と機能

「包括関係」とは、宗教法人法に定められたもので、個々の神社(被包括宗教法人)が、神社本庁のような大きな宗教団体(包括宗教法人)に属することを指します。

神社本庁は、傘下の神社に対して以下のような役割を担っています。

  • 神職の養成や資格に関する指導
  • 祭祀や伝統の維持・振興に関する助言
  • 神社の運営に関する事務的なサポート

このように、神社本庁は全国の神社の統一性を保ち、その活動を支えるという重要な機能を持っています。

ちなみに、多くの神社を包括する神社本庁の活動とも深く関連する、全国各地の日本の神社祭典に興味をお持ちの方は、こちらのウェブサイトで多様な祭りの情報を得ることができます。

しかし、この制度は、全国津々浦々、実に多様な形で存在してきた個々の神社のあり方と、必ずしも完全に一致するものではありませんでした。

地域神社の多様性と制度のズレ

古来、日本の神社は、その土地の自然や歴史、人々の暮らしと深く結びつき、実に多様な形で信仰を集めてきました。
大規模で壮麗な社殿を持つ神社もあれば、村の鎮守様として親しまれる小さな祠(ほこら)もあります。
それぞれに独自の由緒や祭祀があり、地域住民にとってかけがえのない存在でした。

戦後の神社本庁を中心とした包括制度は、ある意味でこれらの神社を「神社」という一つの枠組みで捉えようとする試みでした。
しかし、その画一的な制度の網の目からこぼれ落ちる、あるいはあえて距離を置く神社も存在したのです。
それが、「無格社」や「非包括神社」といった、制度の“空白”として今に繋がる問題の一端となっていきます。

無格社とは何か──歴史と現状

神社の制度を語る上で、「無格社」という言葉を耳にすることがあります。
これは一体どのような神社を指すのでしょうか。
その歴史的背景と、現代における実態について見ていきましょう。

「無格社」の成立背景と定義

「無格社(みかくしゃ)」という呼称は、明治時代に定められた「社格制度」に由来します。
当時の政府は、全国の神社を国家の管理下に置き、序列化を図りました。
その中で、官幣社(かんぺいしゃ)・国幣社(こくへいしゃ)を頂点に、府県社、郷社、村社といった社格が定められました。

無格社とは、これらの社格が付与されなかった神社の総称です。

具体的には、以下のような神社が含まれていました。

  • 由緒や規模が村社の基準に満たないとされた小規模な神社
  • 主に個人の邸内や屋敷内で祀られていた神社
  • 特定の信仰集団によって維持されていた神社

これらの無格社は、法的には認められた神社ではありましたが、社格を持つ神社と比べると、経済的な支援や公的な保護は手薄でした。
明治末期には「神社合祀令」が出され、多くの無格社が近隣の社格のある神社に合祀(ごうし)され、その数を減らした歴史もあります。

統計から見る実態──全国にどれだけ存在するのか

戦後、社格制度は廃止されたため、現在「無格社」という公式な法的区分は存在しません。
しかし、歴史的に無格社とされた神社の多くは、その後も宗教法人格を取得せずに地域の人々によって細々と祀られ続けているケースや、小規模な宗教法人として存続しているケースがあると考えられます。

正確な統計を把握することは困難ですが、太平洋戦争終戦時(1945年)には、全国に約6万社の無格社が存在したとされています。
これらの神社の多くが、今もなお地域社会の中で何らかの形で信仰の対象となっている可能性は否定できません。

表:社格制度における神社の階層(簡略版)

階層主な神社備考
官幣社・国幣社伊勢神宮、出雲大社など国が管理・保護する最上位の神社
府県社各地の主要な神社府県が管理・保護する神社
郷社地域の中心的な神社地域コミュニティの中心となる神社
村社村落の鎮守様最も身近な地域の神社
無格社上記以外社格を持たない小規模な神社、個人管理の祠など

信仰の場としての実態と地域住民の声

制度上は「格が無い」とされた無格社ですが、地域住民にとっては大切な祈りの場であり続けてきました。
「うちの氏神様」「屋敷神様」として、日々の暮らしの安寧を祈り、感謝を捧げる対象であったことは想像に難くありません。

しかし、過疎化や地域コミュニティの希薄化が進む現代において、これらの小規模な神社の維持はますます困難になっています。
氏子の減少、後継者不足、そして何よりも人々の関心の薄れ。
それでもなお、古老を中心に「先祖代々守ってきたものを絶やすわけにはいかない」という切実な声が聞かれることもあります。
無格社の現状は、日本の地域社会が抱える課題を映し出す鏡と言えるかもしれません。

非包括神社が抱える課題と選択

神社本庁の傘下に入らない「非包括神社」。
これらの神社は、なぜ独立の道を選ぶのでしょうか。
そして、その選択にはどのような困難が伴うのでしょうか。
現場の神社の苦悩と、彼らが下す決断の背景に目を向けます。

非包括を選ぶ理由──独立性と不信のはざまで

神社が神社本庁などの包括宗教法人に属さず、「非包括」つまり単立の宗教法人として活動する背景には、様々な理由があります。

1. 歴史的経緯と伝統の重視
古くから独自の伝統や格式を持ち、特定の包括組織に属さずに運営されてきた神社があります。
例えば、出雲大社教を奉じる出雲大社は、戦後一時期神社本庁に属していましたが、現在は離脱し独自の道を歩んでいます。
また、伏見稲荷大社も戦後は神社本庁に属さず、独自の包括団体である稲荷教を組織しています。
こうした神社にとっては、自らの歴史と伝統を最も尊重する形が非包括であるという判断があります。

2. 運営方針や理念への不信・反発
包括宗教法人の運営方針、財政運営、あるいは人事介入などに対し、不信感や疑問を抱き、独立を選択するケースも見られます。
近年でも、神社本庁の内部的な問題が報じられる中で、いくつかの有力な神社が離脱する動きがありました。
これは、自社の理念や信仰を守るための苦渋の選択と言えるでしょう。

3. 祭祀や活動の自由度の確保
包括団体の方針に縛られず、より自由な形で祭祀や宗教活動を行いたいという意向も、非包括を選ぶ理由の一つです。
独自の教義や解釈を大切にする神社にとっては、組織的な制約を受けないことが重要になる場合があります。

これらの理由は一つに限らず、複合的に絡み合っていることが多いです。
「独立性」を求める強い意志と、既存の体制へのある種の「不信」が、非包括という選択の背景には横たわっているのです。

財政・人員・祭祀の継続に関する現場の苦悩

独立を保つことは、同時に多くの責任を自らで負うことを意味します。
特に非包括神社が直面しやすい課題として、以下の点が挙げられます。

財政基盤の確保

包括団体からの経済的支援は期待できません。
そのため、氏子や崇敬者からの寄付、賽銭、祈祷料、あるいは所有する不動産の賃料など、独自の収入源で運営を賄う必要があります。
特に小規模な神社にとっては、安定した財政基盤の確立は容易ではありません。

神職の人員確保と養成

神職の資格取得や研修は、多くの場合、神社本庁などが提供するシステムに依拠しています。
非包括神社の場合、独自に神職を養成するか、あるいは他のルートで有資格者を探さなければなりません。
後継者不足は、包括・非包括を問わず多くの神社が抱える問題ですが、非包括神社にとってはより切実な課題となることがあります。

伝統祭祀の維持と継承

地域の過疎化や氏子の高齢化が進む中で、伝統的な祭祀を古来の姿のまま維持していくことは困難を伴います。
人手不足、資金不足、そして何よりも次世代への関心の薄れ。
独自の努力でこれらを乗り越えていくには、並々ならぬ覚悟と工夫が必要です。

ある非包括神社の宮司は、こう語ります。

「確かに大変なことは多い。しかし、自分たちの手で、自分たちの信じる神社のあり方を守り抜くことに誇りを感じている。氏子さんたちとの絆も、より一層深まったように思う。」

包括復帰の動きとそのハードル

一度非包括となった神社が、再度、神社本庁などの包括団体への復帰を検討するケースも皆無ではありません。
その背景には、上記のような運営上の困難に直面し、単独での維持が限界に近いと感じる事情があると考えられます。

しかし、包括団体への復帰には、以下のようなハードルが存在することがあります。

  • 手続きの煩雑さ: 復帰には、定められた申請手続きや審査が必要となります。
  • 過去の経緯: 離脱時の状況や理由によっては、復帰がスムーズに進まないことも考えられます。
  • 関係者の合意形成: 神社内部の役員や氏子、崇敬者の間で、復帰に対する意見が一致しない場合もあります。

非包括という道は、自由と独立の魅力がある一方で、常に厳しい現実と向き合い続ける覚悟が求められる選択と言えるでしょう。

制度の“空白”がもたらす現代的リスク

神社本庁に属さない無格社や非包括神社。
これらの存在は、単に「制度の外側にある」というだけでなく、現代社会においていくつかの具体的なリスクをはらんでいます。
信教の自由という大切な権利と、社会的な制度運営との間で、どのような問題が生じうるのでしょうか。

信教の自由と制度運営の相克

日本国憲法は「信教の自由」を保障しており、いかなる宗教を信仰するか、あるいは信仰しないかは個人の自由です。
この原則に基づけば、神社が特定の包括団体に属するか否かも、基本的にはその神社の自由な意思決定に委ねられるべきでしょう。

しかし、宗教法人が社会的な存在として活動する以上、一定のルールや透明性が求められるのも事実です。
特に、宗教法人格を持つことで税制上の優遇措置などを受ける場合、その運営にはより一層の適正さが求められます。

ここで問題となるのが、制度の“空白”地帯にいる神社が、以下のような状況に陥る可能性です。

  • ガバナンスの不透明性: 包括団体による指導や監督が及ばないため、一部で不適切な運営が行われるリスク。
  • 説明責任の欠如: 社会に対する情報開示や説明責任が果たされにくい可能性。

もちろん、多くの非包括神社は真摯に運営されていますが、制度的なチェック機能が働きにくい構造は、潜在的なリスクを内包していると言わざるを得ません。

社会的信用・補助制度との関係

包括団体に属していることは、ある種の「お墨付き」として社会的な信用につながる側面があります。
例えば、以下のような場面で差が生じる可能性があります。

  • 寄付金の募集: 包括団体に属する神社の方が、寄付を募りやすい傾向があるかもしれません。
  • 公的な補助金や助成金: 文化財保護や地域振興に関連する補助金などにおいて、法人格の有無や所属団体が審査基準の一つとなる場合があります。
    「宗教法人格を持たない神社や、非包括の小規模な神社は、こうした支援の対象から漏れてしまうケースも考えられます。」
  • 金融機関との取引: ローン契約などにおいて、信用の判断材料とされることもあり得ます。

これは、制度の“空白”にある神社が、社会的な支援を受けにくくなるリスクを示唆しています。

災害や継承の局面で露呈する制度の限界

近年、日本各地で頻発する自然災害。
神社もまた、その被害と無縁ではありません。
被災した神社の再建には多額の費用と人手が必要となりますが、ここで制度の“空白”が大きな壁となることがあります。

災害時の支援格差

  • 組織的な支援の有無: 神社本庁などの包括団体は、災害時に被災神社への見舞金や復興支援を行うことがあります。しかし、非包括神社はこうした組織的なバックアップを得にくいのが現状です。
  • 公的支援の網羅性: 能登半島地震の際にも指摘されましたが、宗教施設の復旧支援は、生活再建に比べて優先順位が低くなりがちです。ましてや法人格を持たない小規模な祠などは、支援の対象として認識されにくい可能性があります。

後継者問題と廃絶の危機

過疎化と少子高齢化は、神社の継承問題にも深刻な影を落としています。

課題内容
神職の後継者不足特に地方の小規模神社では、宮司のなり手がおらず、複数の神社を兼務しているケースが多い。
氏子の減少・高齢化祭りの担い手や神社の維持管理を支える地域住民が減り、経済的にも厳しくなっている。
廃絶のリスク後継者が見つからず、やむなく廃社となる神社も少なくない。

制度の“空白”にある神社は、こうした継承の危機に際しても、相談できる相手や支援を求められる組織が限られてしまいがちです。
それは、単に一つの神社がなくなるというだけでなく、その地域が長年育んできた信仰や文化が失われることにも繋がりかねません。

これらのリスクは、信教の自由を尊重しつつも、社会全体のセーフティネットとして、何らかの対策や支援のあり方を考えていく必要性を示していると言えるでしょう。

現場からの声──インタビューにみるリアリティ

制度や歴史を紐解くだけでは見えてこない、神社の「今」。
そこには、日々神々と向き合い、地域の人々と共に生きる神職や氏子たちの、切実な思いがあります。
彼らの声に耳を傾けることで、制度の“空白”が現場にどのような影響を与えているのか、そのリアリティに迫ります。

神職・氏子の思いと制度の壁

ある地方の、神社本庁に属さない小さな神社の宮司は、こう語ります。

「うちは代々、この土地の氏神様として、細々とやってきました。大きな組織に属するつもりもありませんし、その必要も感じていませんでした。ただ、最近は本当に人が減ってしまって…。祭りを維持するのも一苦労です。
行政に相談しても、『宗教法人のことはなかなか…』と言葉を濁されることもあります。何かあった時に、本当に頼れるところがないと感じることはありますね。」

この宮司の言葉からは、独立性を保ちながらも、社会的なサポートの網の目からこぼれ落ちてしまうのではないかという不安が滲み出ています。
また、氏子の一人である高齢の女性は、次のように話してくれました。

「子供の頃から、この神社のお祭りが何よりの楽しみでした。過疎化で若い人がいなくなり、昔のような賑わいはありませんが、それでも年に一度、皆で顔を合わせる大切な機会です。
ただ、神社の屋根も傷んできて、修繕するにもお金が足りません。宮司さんもご高齢ですし、この先どうなるのか…心配です。」

彼女の言葉は、神社が地域コミュニティの中で果たしてきた役割の大きさと、その存続に対する切実な願いを表しています。
しかし、その思いとは裏腹に、制度的な支援の手が届きにくい現実があるのです。

「小さな神社」の声が教えてくれること

全国には、まだ知られていない「小さな神社」が無数に存在します。
その多くは、立派な社殿や潤沢な資金とは無縁かもしれません。
しかし、そこには何世代にもわたって受け継がれてきた、地域の人々の祈りや暮らしの記憶が息づいています。

千葉県で30社以上もの神社を兼務するある女性宮司は、インタビューで「このままでは神社が無くなってしまう」という強い危機感を語っていました。
彼女は、伝統を守るだけでなく、竹灯籠まつりや地域住民との交流イベントなど、新しい試みにも積極的に取り組んでいます。

このような「小さな神社」の声に耳を傾けると、見えてくるものがあります。

  • 画一的な制度では汲み取れない多様な信仰の形
  • 地域社会における神社の今日的な役割の模索
  • 存続への強い意志と、それを支えるための新たな連携の必要性

これらの声は、私たちに「神社とは何か」「誰のためにあるのか」という本質的な問いを投げかけているのかもしれません。

変化に向けた模索と連携の可能性

困難な状況の中にあっても、変化を恐れず、新たな道を模索しようとする動きも生まれています。

1. 神社間のネットワークづくり

地域によっては、非包括神社同士が情報交換をしたり、共同で祭事を行ったりする緩やかな連携の動きも見られます。
互いの知恵や経験を共有することで、課題解決の糸口を見つけようとしています。

2. 地域資源としての再評価

神社を単なる宗教施設としてだけでなく、地域の歴史や文化を伝える「資源」として捉え直し、観光や地域活性化に繋げようとする試みです。
NPOや自治体、地元企業など、多様な主体との連携が鍵となります。

3. 新しい形の氏子・崇敬者との繋がり

従来の氏子区域に囚われず、神社の理念や活動に共感する人々を、オンラインなども活用して全国から募る動きも出てきています。
これにより、新たな財政基盤の確保や、多様な人材との協働が期待できます。

現場の神職や氏子たちは、制度の壁に直面しながらも、決して諦めているわけではありません。
彼らの切実な思いと、変化への挑戦が、これからの神社のあり方を照らす一筋の光となるのではないでしょうか。

若い世代にとっての「神社」とは

神社の未来を考えるとき、避けて通れないのが若い世代との関わりです。
彼らにとって、神社はどのような存在なのでしょうか。
そして、神社がこれからも人々と共にあるためには、どのような視点が必要なのでしょうか。
学生たちとの対話から見えてきた、新たな光景をお伝えします。

継承する側の課題と希望

神職の高齢化や後継者不足は、多くの神社が直面する深刻な課題です。
特に、神社本庁の傘下にない小規模な神社や、無格社として歴史を重ねてきた祠などでは、その担い手を見つけることは容易ではありません。
「誰がこの場所を守っていくのか」という問いは、非常に重くのしかかります。

しかし、一方で、若い世代の中にも、神社の持つ独特の雰囲気や文化、歴史に魅力を感じ、積極的に関わろうとする人々がいます。
彼らは、必ずしも敬虔な信仰心から出発するわけではないかもしれません。

  • アニメやゲームの「聖地巡礼」がきっかけで神社に興味を持つ。
  • 御朱印集めやパワースポット巡りといった現代的な楽しみ方から入る。
  • 地域の伝統行事や祭りに参加する中で、神社の役割を再認識する。

このような多様な入口から神社に触れた若者たちが、将来的に神社の維持や運営に何らかの形で関わっていく可能性は十分にあります。
大切なのは、彼らの関心を一過性のブームで終わらせず、より深い理解へと繋げていくための橋渡しです。

学生との対話から見える新たな視点

最近、幸いなことに大学で神社の現代的役割について話す機会が増えました。
学生たちとの対話は、私にとっても常に新しい発見の連続です。
彼らの質問や意見は、凝り固まった私の視点を揺さぶり、ハッとさせられることが少なくありません。

ある学生はこう言いました。

「正直、神社に毎日お参りするとか、そういうことは考えたこともありませんでした。でも、自分の住む町にある小さな神社が、実はすごく古い歴史を持っていると知って、急に身近に感じられるようになりました。
今度、そこのお祭りにボランティアで参加してみようと思っています。」

また、別の学生からはこんな意見も。

「『信仰』と言われると少しハードルが高いけれど、神社が地域の人たちの『つながり』の場になっているというのは、すごく魅力的だと思います。
イベントスペースとして活用したり、子供たちの遊び場になったり、もっと気軽に立ち寄れる場所になればいいのに。」

彼らの言葉からは、伝統的な「信仰」の枠組みだけでは捉えきれない、神社への新たな期待が感じられます。

「信仰」ではなく「つながり」としての神社

若い世代が神社に求めるものは、必ずしも厳密な意味での「信仰」だけではないのかもしれません。
むしろ、彼らが無意識のうちに求めているのは、以下のような「つながり」なのではないでしょうか。

  • 過去とのつながり: その土地の歴史や先人たちの思いに触れること。
  • 地域とのつながり: 自分が住む場所への愛着や、そこに暮らす人々との交流。
  • 自然とのつながり: 神社の鎮守の森や、そこで感じられる季節の移ろい。
  • 自分自身とのつながり: 日常の喧騒から離れ、静かに自分と向き合う時間。

若者が神社に求める「つながり」の例

1. **文化体験の場**: 伝統的な建築様式、美しい庭園、荘厳な祭礼など、日本文化の粋に触れる体験。
2. **コミュニティの拠点**: 地域のイベントやお祭りを通じて、世代を超えた人々が交流できる場所。
3. **精神的な安らぎの空間**: 日々の忙しさから解放され、心を落ち着かせ、リフレッシュできる場所。
4. **自己表現・自己実現の機会**: 神社の清掃活動や祭事の手伝いなどを通じて、社会貢献や自己成長を実感できる場。

もし、神社がこのような多様な「つながり」を提供する開かれた場として、若い世代に認識されるようになれば、それは新たな形の継承へと繋がっていくはずです。
「信仰」という言葉の重みに臆することなく、まずは「関わってみよう」「何かできることがあるかもしれない」と思えるような、柔軟な姿勢が神社側にも求められているのかもしれません。

まとめ

本記事では、神社本庁が抱える「空白」とも言える無格社や非包括神社の問題に焦点を当て、その歴史的背景、現状の課題、そして現場の声をお伝えしてきました。

神社制度が抱える“見えない問題”の再確認

戦後の宗教法人制度のもとで確立された神社本庁を中心とする包括制度は、多くの神社をまとめ、支える上で大きな役割を果たしてきました。
しかしその一方で、制度の枠組みから外れた、あるいはあえて距離を置いた神社が存在し、それぞれが独自の課題に直面していることも事実です。

無格社は、歴史の変遷の中でその存在が見えにくくなりながらも、地域社会の片隅で細々と信仰を守り続けてきました。
非包括神社は、独立性と自由を重んじる一方で、財政や後継者問題といった厳しい現実に直面しています。
これらの“見えない問題”は、災害時の支援格差や、社会的な信用の問題、そして何よりも神社の存続そのものを揺るがしかねないリスクをはらんでいます。

筆者が見据える今後の方向性

長年、神社の制度と歴史を見つめてきた者として、私が思うのは、画一的な「正しさ」だけでは解決できない問題がここにあるということです。
大切なのは、それぞれの神社の歴史的経緯や、そこに込められた人々の思いを尊重しつつ、現代社会の中で共存していく道を探ることではないでしょうか。

そのためには、以下のような視点が必要だと考えます。

  • 多様なあり方の承認: 包括・非包括、法人格の有無といった制度的な枠組みだけでなく、それぞれの神社の個性や地域における役割を多角的に評価する。
  • セーフティネットの構築: 災害時や後継者難といった危機に際して、制度の“空白”地帯にある神社も孤立しないような、柔軟な支援の仕組みを考える。
  • 情報共有と連携の促進: 神社間だけでなく、自治体、NPO、地域住民、そして若い世代など、多様な主体との連携を深め、知恵と力を結集する。
  • 「開かれた神社」への意識改革: 伝統を守りつつも、現代社会のニーズに応え、より多くの人々が関わりやすい「場」としての神社を再構築する。

特に、若い世代が「信仰」という言葉の壁を感じずに、文化、歴史、地域、そして自己との「つながり」を求めて神社に足を運ぶようになっている現状は、大きな希望です。
この新しい関わり方を大切に育てていくことが、神社の未来を拓く鍵となるでしょう。

読者への問いかけ──あなたにとって神社とは何か

この記事を読んでくださった皆さんに、最後に問いかけたいと思います。

あなたにとって、神社とはどのような存在ですか?

初詣に行く場所でしょうか。
歴史を感じる観光地でしょうか。
あるいは、心の安らぎを求める場所でしょうか。

そこに「正解」はありません。
ただ、この記事が、あなたの身近にある神社のこと、そして日本の信仰や文化のあり方について、少しでも思いを巡らせるきっかけとなれば、筆者としてこれに勝る喜びはありません。
制度のはざまで揺れながらも、変わらぬ祈りを捧げ続ける人々がいることを、心のどこかに留めていただければ幸いです。

最終更新日 2025年5月15日 by estwittering